The world 探検隊

サンフランシスコ、ダウンタウンの通り沿いにあるカフェを見つけ、外のテーブルに座ってみる。隣の通りを行きすがる人を見ていると、インドのターバンを巻いているおじさん、フランス語を話しているアジア人、すごいマッチョな白人男性、通りでキスしているゲイカップル、実に様々な人が通り過ぎる。

それぞれの人が、自分独自の世界を持っていて、考え方も、生き方も、一人一人全く違って。今遭遇しているチャレンジも、人生のゴールも、愛する人も、愛するものも、みんな違って。

人間は、一人一人が1つの世界を作り出している。

楽しいな。

 

私たちは探検家でもある。
人を知るということ。それは、自分の世界から1歩踏み出し、相手の世界を探検するということ。

相手の世界を探検し、こんな存在のあり方、物の見方があるんだと、発見する。

 

自分の世界を抜け出し、相手の世界を探検することは勇気を時に要する。

未知の世界を探検している間に、危険にさらされ、傷つけられるかもしれない。

見たこともないような怪物に追いかけられるかもしれない。

 

そんな怖さから、別の世界を探検するのをためらっている人がいる。何年も、何年も。

でも自分の世界に留まるだけでは、自分の世界は広げられない。

別の世界で、今まで自分の世界にはなかったものを発見しなければ。

 

漂流族

life is not about finding yourself. Life is about creating yourself.

人生は、自分自信を見つけることではない
人生は、自分で欲しいものを作り上げることだ

 

日本には漂流族がたくさんいます。

漂流族とは

自分が誰なのか、自分がやりたいことが何なのか、自分が好きなものは何なのか。

 

自分探しの旅を続けている人のこと。

自分の好きなことを見つけても、深入りせずに、本当に好きな事なのか吟味して続けたり、長続きせず、また自分が好きになれるものを探す旅に出る。

自分は誰か探求することは、決して悪ことではないのだけど。

 

この漂流族には一つの欠点がある。

それは、自分探しの旅を続けているうちに時間だけがどんどん経ってしまうということ。
そして、長い時間が経過した後に、自分がどこにも行き着いていない事に気付く漂流族もいます。

 

人生は、自分自信を見つける事ではない。

人生は自分で欲しいものを作り上げること。

 

探す旅から、作り出す旅へ。

自分の最終的に欲しい結果を考えることで、自分で作り出したい世界を考えることで自然と自分のやらなければいけないことが見えてきます。

最終的に、自分がどんな自分になりたいのか

この世に生があるうちに何が成し遂げたいのか。

自分の大切な人達をどんな風に幸せにしたいか。

 

行き先がクリアであれば、クリアであるほど、自然に自分のやるべきことが見えてくる。自分が、
自分の作り出したいものに向かって行動をとると、そこに向かって前に進むことができる。
自分の作り上げたいことに向かって前に進む道のりは、あなたに夜も眠れないほどの興奮を覚えさせるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心声

あなたの心は知っている。自分自身が誰なのか。

外のノイズが大きい中で、あなたの心は
常にあなたがあなた自身になれるようサインを送っています。

心のサインとはどんなものでしょうか?

 

自分が何に喜びを感じるか。

やっていて楽しい。

自然と努力ができる。

いっぱいやっても飽きない。

やっていてワクワクする。

自然と、そのことに興味が持てる。

やっていてとにかく楽しい。

それをやっている時、人に優しくできる。

逆に

何に対して、自分は興味、関心がない。

やっていても全く楽しくない。

努力ができない。

自分を律して努力しようとするが、やっぱり長続きしない。

やっていて心が疲れる。

やっている事に対して、もっと上手くなろうという気さえ起きない。

 

心はあなたの長年の経験から、自分には何が合うか、合わないか、はっきりと学び、あなたに常にサインを送っています。

この声に実際耳を傾け、行動するとミラクルのようなことが起きます。
心からのサイン、自分に合ったことに日々、時間を取り、取り組んでみると、自然と努力が出来て、想像以上のスピードで、前に進めることができます。前進、成長することができます。

しかし、多くの大人は、これらの声を無視して、ただただ社会から見たやってあり前の事をし、果たしてあたりまえの責任を果たそうとします。

そして、自分の心がない事をイヤイヤとやり続け、心身ともに疲れてしまうのです。

 

 

 

 

 

喉仏止まり

この頃、喉仏でブロックがすぐかかる。

アメリカ人2人、と私で話している最中。 私も自分の意見あるのに、ついつい彼らの会話に入っていくことができない。

英語は昔から大好きで、やってきたかかいもあり、
全然、彼らが早く話しているわけでもなく。言っている意味がちんぷんかんぷんなわけども無いのに。

自分の意見を言おう、言おうと思っていても、いざそのタイミングになると、自分の頭がぐっと自分を止めてしまい、 やはり機会を逃してしまう。

そして、しゃべっている相手は、やはり会話のドッジボールが出来る人たちがメインになるわけで。

私の存在はそこにあるのに、彼らの目線はあまり私には向かない。

そして感じる疎外感。

まるで自分がそこにいても、いなくても一緒のような孤立感。

 

会話中に彼らの目線が自分に向かないと、心にとても重石が乗ったように、辛い疎外感を感じる。

そして思うのでだ。人に価値を与えたい人間になるのに、これではな。

 

これは、アメリカに来たからはじまったことではない。

私には昔からそんな傾向があった。

今まで習ってきた心理学、セルフヘルプの知識を考えると。

私たちのがする事全てには理由があるという。

なんだかの、自分に利益のある自己のニーズを満たしているという。

一件自分がやっている事が、マイナスの自分を破壊する行動に思えても、その行動にさえ自分にプラスになるよう、ニーズを満たそうという考えが無意識に働いているという。

 

私の発言が止まってしまう行動。

これはどんなニーズを一体満たそうとしているのであろう。

 

私が思うに、人の集中が自分に集まることに恐怖を覚えているのかもしれない。
中学の時、いじめっ子の男子に存在を気づかれないように、息さえ潜めようとしていたことを覚えている。

人の注目を集める=無意識のうちに、痛みと自分の中で結びつけているのかな。

 

 

アメリカよりライフコーチリタが届ける:クリエーターから消費者へ

 

どうして、自分の日々時間をかけてやっていることに、心もなく、それをやっている理由も薄く、立ち止まっている大人が多いのか。

その1つの原因として、多くの大人が消費者になったことが挙げられます。

 

大人は誰でも、子供の頃はクリエーターでした。

子供の頃は自分が欲しいもの、なりたいものは作り出していた。

お母さんの一番高いイヤリングをして、人気モデルになってみたり。
大きなお屋敷が欲しくて、土で巨大なお城を作ったり。
長い髪の毛が欲しいから、頭にゴムでタオルを結びつけてみたり。
テッシュペーパーを切り裂き、巨大な海を作りその中で泳いでみたり。

 

自分が欲しいのものは、土や粘土、タオルなど、自分の手に入るものを駆使し、なんでも作り出していた。

そして、あの時の作り出している時に、覚えるワクワク感、楽しさ、嬉しさは大人になっても、遠い記憶にとどめている人が多いでしょう。

 

日本社会の中で大人になっていく過程で、ほとんどの人はクリエーターから消費者に変身していきます。

それは、大人になるにつれ、自分が欲しいものをいかに作り出す事を気にするかより、他人や社会から何が自分に期待されているかに重点を置くようになるため。

現在存在していない、自分の欲しいものを作り上げる未知の冒険を選ぶより、安定を選ぶようになるため。

この社会の中で、どう自分を養い、自分の大切な人に金銭的なふじゅうをかけないかに重点を置くようになるため。

子供から大人へ。

クリエーターから、消費者へ。

いつの間にかなっている。

 

でも、かつて子供だった大人みんなが忘れられない、あの時の止められないワクワク感、幸せ感。
それは、あなたが自分が欲しいものを作り出すクリエイティビティから溢れ出しているもの。それは大人になっても一緒なのだ。

あなたは最終的にどんな自分になりたいですか?

どのように周りに影響を与え、人のためになりたいですか?

この世に残したいものは何ですか?

 

このような質問を何十年もしていない大人はたくさんいます。

アメリカよりライフコーチリタが届ける:弱い理由/動機 アイデンティティー編

たくさんの大人の「理由/動機」が弱いのは、仕事だけではありません。

自分の存在でさえ、今の自分が何でそんな自分なのか、その「理由/動機」が弱い大人がたくさんいます。

 

急ですがあなたに質問です。

あなたは自分自身を見て、どういう人間だと思いますか?

あなたがこの世に存在している意義は何ですか?

この世であなたにしか出来ない事、あなたにしかない特別な能力は何ですか?

生きている間に、何をこの世のためにしたいですか?

あなたの軸を問うようなこの質問。
答えるにに、とても苦労する大人がたくさんいます。

 

それは、自分が今の自分である「理由」が弱いから。

 

ではどうしてこのようなことが起きるのでしょうか?

 

それは、集団意識の強い日本社会の中で生き、あなたが周りの期待に応えようとしているから。

集団意識とは「ある集団に共に帰属しているという自覚的意識」
のこと。人と、違うことをやり目立つのでは無く、一緒のことをし、流れを乱さないっということです。

そしてそんな社会で生活しているあなたには、周囲からこんな大人になるべきだっという強い、期待がかかります。周囲とは、例えばメディアを始め、友人、親、知り合いなどです。

大人の女性は、仕事を責任を持ち、こなし、外見は綺麗にすること。自分に厳しく、人には優しくすること。愛嬌を持っていること。

大人の男性は、仕事を責任を持ちこなし、将来を考え昇進をすること。外見はカッコよく、スポーツができること。爽やかであること。

このような期待、責任感がかかる中で、日本社会の中で、これらの期待や責任感を満たすのが、当たり前のように重圧がかかります。
何でもこなせる魅力的な理想像、その重圧が日本の大人にはかかっているのです。

周りがそうだから、やることが当たり前とされているから。他の人から白い目で見られたくないから。

そんな理由で、毎日 現実味のない期待/責任に答えるのに大忙しです。その理想像を追う理由も自分の中で理解できていないまま、動機付けできていないまま。

ただただ、理由もなく、理想を追うだけでは、ガソリンが燃え尽きる車のように、まるでヤカンが、コンロの中で空だきされているようになってしまい、日々頑張って忙しく、理想像を追っているのに結局何でそれをやっているのか強い動機もなく、心は満たず、疲れ果ててしまいます。

 

 

アメリカよりライフコーチ、リタが届ける:意識の焦点の力

 

あなたは、1日の大半何を考え過ごしていますか?

ある人は自分が日々どんなに幸福で、生きていられるかを良く考えます。周囲に自分が何を感謝しているのか、考えて生きています。

別のある人は、日々、自分がどんなに不幸なのか、恵まれていなのかを良く考えます。周りの人が、どう信用できないか、不親切かを考えて生きています。

この毎日、何に自分の意識のほこさきを当てているか、意識を集中させているか。あなたの日々の満足度、日々の質を決める唯一の要因です。

それは、あなたが何でも意識することは、あなたの中に感情を起こすからです。例えば、あなたが、みんな私のことなんか気にかけてくれないと意識を集中すれば、あなたは寂しく悲しくかんじるでしょう。そして、過去に皆が自分に関心を示さなかったと感じたイベントばかり考えるでしょう。

逆にみんな私の事気にかけてくれているしみんなに感謝だな、と意識を集中すればあなたはプラスな力強い感情をかんじるでしょう。そして、他人が親切にしてくれたエピソード、他人に救われたエピソードなどを考えるでしょう。

Whatever you focus on, you feel whether it’s true or not. あなたが意識を集中する事は、あなたは心で感じるのです。

そして、何に日々意識を集中するか。それをあなたは自分の意思で決める事が出来るのです。

あなたは日々、何に意識のほこさきを向け過ごしていますか?

アメリカよりライフコーチ、リタが届ける:止まった大人の特徴 1

幸せは、あなたが日々取り組んでいる事で、あなた自身の成長、前進を実感することで感じます。もちろん、その逆で、あなたが日々、前に進んでいる事を実感しなかったら心は全く満たされないでしょう。

前に進んでいない大人に見られる特徴が幾つかあります。

感情が鈍る

子供の頃は、見るもの、体験するもの全てに強い感情を感じていたが、大人になるにつれて特に、プラスのものに対しての感情が鈍ってきている。

・綺麗なものを見ても、感動できない。
・何事に対してもワクワクしない。
・おかしい事を見ても笑えない。
・幸せと感じない。
・人に対して親近感を感じない。
・何事にも満足しない。
・人に心から感謝する事ができない。

 

人と比べ落ち込む

自分のやっている事を他人と比べ、自分が劣って感じる。

・仕事内容で他人のがいつも、仕事ができているように感じる。
・他人の外見の方がいつもよく見える・・・など

(比べる内容は沢山ありますが、内容に関わらず常に自分が劣っているように感じる事に特徴があります。)

 

努力をするが長続きしない

今の自分の状態に我慢できず、努力をし改善しようとするが長続きしない。
そして何回かトライをしようとするが、何回やってもやはり長続きしない。

自分を責める

できない自分、努力ができない自分と独自で自分を評価し、頻回に自分を心の中で責める。

自信がない

自分のやっている事にまったく自信が持てない。

自分の存在意義がわからない

自分が1日の大半を費やしている事を、(仕事や勉強など)なんでやっているのか分からない。

 

自分の能力が使えていない気がする

自分には得意な事や好きな事があるのに、それを現在まったくできている気がしない。

それなりに日々をこなしているが、心がまったく満たされない。

 

ネガティブ思考
1日の大半、ネガティブな事ばかり考えてしまう。

 

以上、足踏みしている人の特徴をお伝えしました。

 

あなたに当てはまるものはありましたか?

このような特徴があると、あなたのエネルガギーは沢山消費され、前に進む力がとても弱くなってしまいます。

 

1つでも当てはまるのであれば、1度立ち止まることも大切です。

アメリカよりライフコーチ、リタが届ける:弱い理由/動機 仕事編

幸せは自分が取り組んでいる事が、上手くできるようになった時や、自分が成長をしていると実感することで得られます。

でも多くの大人は、前進するはおろか、足踏みをして毎日停滞した時を過ごしています。そして、多くの方がどうして私はこんななんだろうと自信をなくしていたり、ストレスで疲れてしまったり。心が満たされず過ごしています。

大人の1日の大半を占める、仕事。仕事で、まさに上記の悩みを感じている大人の多さには驚からされます。

 

どうして多くの人が、このように過ごしているのでしょうか?
そこには幾つかの理由があります。

1.社会の流れ

皆学校で勉強を頑張れば、良い仕事(教養があり、高収入など)に就くことができ、幸せになれると昔から教わっている。ほとんどの人はその通り、頑張って勉強をし、世間的に見て妥当な仕事に就く。

 

2.周りの期待

ほとんどの人は一生懸命他人や、社会の期待に応えようと頑張る。

例えば、身内からの安定した職について欲しいという期待や、社会からの、大人は社会人の責任を果たすべきという期待など。

みんな周りがそうだから

大多数の人が、周りの流れに合わせ、自分が真に何をやりたいかわからないまま職に就く。そして自分に仕事が合わないと思ってもまた、周りに合わせ、そのまま仕事をやり続ける。

 

多くの人が自分の人生を自分で描いていると思っていますが、実は、周りや他人に多大な影響を受け、他人、周囲から描かれた人生を過ごしています。

 

そして、多くの人は自分にとって真に心が惹きつけられたり思い入れがある事をするのではなく、自分の心がない事をして1日の大半を過ごしています。

そして私たちはふと思うのです。何で私の毎日、停滞しているんだろうっと?私は不幸せなんだろうっと。

アメリカよりライフコーチ、リタが届ける:弱い理由/動機

 

みんな幸せについて、いろいろな意見、定義を持っている中で、私たち皆に共通している幸せの形とは。それは私たち、誰でも自分のやっている事、例えば仕事でも趣味のゴルフでも、それらに対し、自分が上手くなっている、成長している、前に進んでいる事などを実感すると幸せを感じるという事。

 

そして、私たちが前に進むためには欠かせない、一番大事な要素が、’’理由’’です。
仕事であっても、趣味の英語であっても、達成したい目標でも、なんでそれを’’自分のため’’にするべきなのか、したいのか、しなければならないのか、強い理由を自分の中に持っていること。

強い理由は、あなたを突き動かす見えない大きな力なのです。

例えば、日本料理の料理人をしている男性。彼の料理人である理由は、料理をしている事がとにかく大好き。料理をしていると自然と努力もでき、また、料理で他の人を幸せにできる。いつかは有名になり、親孝行したいから。

彼のような強い動機を持つと、日々前に進む事ができるでしょう。

 

強い動機なしではたいして頑張る事も出来ず、中途半端なことをし続け、ただただ時間が過ぎてしまいます。

 

先生や、親、周りの大人にガイダンスをもらえる学生とは違い、一度大人になると全て個々の自己責任。

日々自分が前進しているか、成長しているか自分に問いかける必要があります。

 

ところで、私は学校卒業後、看護師をしばらくしていました。

周りに看護師をしている理由を尋ねると、お金のためとか、みんな周りが脱線せずしっかり働いているからっとか、社会人として働くのが当たり前だし、親にも迷惑かけれないし、社会人の責任を果たすため!

そして、私が看護師をしている理由もまたみんなと同じでした。

逆に看護師が情熱、やっていて楽しいという人珍しかったです。

それは私の周りの看護師だけでなく、別の仕事をしている友達も、仕事をしている理由はただただ、やるべきものだから。っという理由ばかり。

 

社会人として1日の大半を費やしている仕事ですが、ほとんどの人はやっている理由が薄すぎます。そして、それらの理由が自分のために〜したいっという強い動機ではなく、責任がどうなの、周りが〜だから、と自分主体の動機ではなく、他人や社会が動機のベースになっています。

 

このような薄い動機では、あなたは努力を日々する気にもなれないでしょう。

 

 

やる気の出ない仕事を数年やり続け、仕事内容には慣れた。他人から文句を言われない程度に仕事をし、やっているレベルは最低限。日々、特に努力をすることもなく、同じような日々が過ぎていく。心が満たされない日々が過ぎていく。

そんな社会人の人たちをたくさん見てきました。

 

でも、私たち一人一人には成長し、幸せを感じる権利がある。そして、自分の心とつながり、本当に自分の叶えたいことを、形にしていく力も備えています。

 

そんな強い動機を持ち、自分にふさわしい日々を送るにはどうしたらよいのでしょう。私のブログで伝えていきます。

あなたは日々自分が少しでも前に進んでいる、成長している実感はありますか?
今の自分に満足ですか?